地元小学校でのお芝居

 暑い日が続きますね。

そんな中、7/5に地元小学校でお芝居の公演をしました。

私の大好きな演目のひとつです。

「せのうみものがたり〜命のつながりの巻」

 

物語は1200年前まであった湖・せのうみ(富士山の噴火でマグマが流れ込んで、無くなってしまった幻の湖です)の“或る村”を舞台に、主人公の少年が生きていくために命がけの経験をして、大人になっていくという内容です。

 

現代はいろんな文明の機器やシステムに囲まれて暮らしていますが、このお芝居の縄文時代の世界ではーー

「1日」は、日が昇ると始まり日が沈むと終わるという暮らし方。

人も他の動植物と同じように、生態系のサイクルの中で生きていました。

食べるものひとつとっても、全て自分で採って自分で加工していました。自給自足の最たるものですね。

 

主人公の少年は大人になる通過儀礼として、初めて男たちの狩りに参加します。大人の仲間入りです。もちろん最初は有頂天! けれどそこで待っていたものは・・

 

この続きは興味がありましたら、

どうぞ機会を作ってお芝居を観て下さい(笑)

 

その頃の生きていくという感覚がどういうものだったのか?

現代人の私達には、想像の範疇を超えることはできません。

けれど、こんな価値観・こんな世界観があるということを子供に伝えたくて、作ったオリジナル作品です。

 

不便は不幸せに通じることなのか? 

便利になった現代社会は、逆に失ったものがあるのではないか?

最近では何かと話題に昇る、ブータンの穏やかで幸せそうな方たちの顔が浮かんできます。

 

さてではーー

汚れてしまった地球にすべきことは何でしょうか?

 

「エコ」?「ロハスな生活」?

耳障りのいい言葉が踊って、コマーシャル化しているものさえあります。う〜むと思われるものがあります。

とはいえ大きく構えても、現状はどうにもならないものばかりなんですね。

 

そこでーー

第一歩としては、形ではなく、意識の持ちようを変えることなのではないか?ということです。

私達は「自然に還れ〜」(笑)と言いたいわけではありません。

文明の機器やシステムがあるからこそ助かっているもの、便利になってるものもあるからです。

 

温故知新ということでしょうか。生活の中でいいものは取り入れ、無駄になっているものは捨てる勇気とでもいいましょうか。

 

そう。今現在、正しい答えはないのかもしれません。

2017年というーーあらゆる価値観があり、混沌としてしまったルツボな時代に生きている私達は、悩みながら試行錯誤しながら、歩を進めるしかないのでしょう。 

 

そんな現状に本当に微々たるものであっても、一石を投じる機会として・・

このお芝居を観た子供が、今まで当たり前だったことを生活の中で見直す機会になったら、と思います。

 

この公演は、そんな一歩を踏みしめることが出来た、ありがたい時間となりました。

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コメント: 2
  • #1

    maru (木曜日, 13 7月 2017 19:08)

    学生の頃、歴史の授業があまり好きではありませんでした。
    苦手な記憶力を総動員して頭に叩きこんだ年表・・・今思い出しても憂鬱になります(笑)
    「温故知新」っていう一言、とても深い意味が有りますね。
    古きを知ることが、今を生きる私たちの指針になることを、未来を作り上げていくときの知恵になることを・・・もっと解っていたら、少しは歴史の勉強も頑張れたのかも^^;

    「せのうみものがたり」を見た子どもたち、そんなことも感じ取ってくれたかなぁ・・・と頼もしいパワーに未来を託したい気持ちです。

  • #2

    れいこ (木曜日, 13 7月 2017 20:33)

    maru様

    暖かいコメントをありがとうございます。励みになります。
    本当に温故知新という言葉は深いですね。おっしゃる通り今この年だからこそ、そう思えるんでしょうね笑

    子供たちとは関わる度、物凄い未知数の手応えを感じます。それを信じることが、未来を作っていくのかもしれませんね!