ひき続き、お芝居「富士山のおはなし」2回目公演の報告

 劇団員みんな、今日も元気^ ^ はい、パチリ!
 劇団員みんな、今日も元気^ ^ はい、パチリ!

 

だいぶ寒くなりましたね~。

風邪がぼちぼち流行り出しているとのこと。皆さんは大丈夫でしょうか?

どうぞご自愛下さいね。

 

 こちら不二せのうみ劇団(NPO法人 Happy Villageの中に、この劇団は含まれています)は、「富士山のおはなし」というお芝居の初演が済んでホッとする間もなく(前回の記事をご覧下さい)、2回目の公演を5日後の10月23日に、やはり地元小学校でさせていただきました。

 

前回と違って(前回は子供30名+大人30名)、今回の学校は、子供達の数だけで160名。

過去10年間、今まで公演させていただいてきた中で一番大人数だっただけに、ちょっとドキドキしました。

後ろの子にまで声が聞こえるだろうか、役者の動きが良く見えるだろうか、私たちなりに工夫はしたものの・・・。

 

ここは国道沿いにある、やはり富士山がドデカ~ンと大きく見える学校。

子供たちには、観光にいらっしゃる方が富士山をわざわざ見に来る感覚はありません。

 何故なら富士山はいつも、そこにあるもの。

 

そうですよね・・・。

地元の子たちにとっては生まれた時から、風景の一部としてあった富士山です。時としてそこにあることすら忘れてしまうほど、身近かすぎる存在です。

 

その存在に対する感覚は、家族のようなものかもしれません。

ついついケンカもしてしまう。邪険にもしてしまう(笑)

 

だからこそ改めてーー

そんな当たり前にあるものを、まるでグーグルアースを見るかのように、距離を離して俯瞰で見たり近づいてみたり、また時を遡ってみたり緩く伸ばしてみたり・・・

 「富士山」という日本の、いや世界の宝を、自然・歴史・神話などいろんな側面から味わい感じてもらうことで、地元の子供たちの心に何かを残せるのではないかという思いで、公演させていただきました。

 

公演中は笑いあり歓声ありで、ずっと見ていてくれてはいたものの、数十人相手にライブ感覚でやらせていただいてきた時とは違って、どうしてもひとりひとりの顔が見えにくくて

どう感じてくれたのだろう?と思っていました。

 

 

 

 

 

   富士山山頂でのお鉢巡りの途中で
   富士山山頂でのお鉢巡りの途中で

それが翌日。嬉しいことがありました。

 

あるお店で友人にバッタリ会って立ち話したのですがーー。

友人はその学校の低学年の甥っ子さんと一緒に暮らしているとのこと。

(それもその時、初めて知ったのですが)

 

甥っ子さんは芝居を公演した夜、遊びながら、

「六根清浄~。お山は晴天~!」と歌い続けていた

そうです。

 

富士山のお芝居をしたことも知らなかった友人は、

「その歌、どこで覚えてきたの?」と聞いたら、

「学校で聞いた」って。

8月26日。富士山の山閉じの日。5合目にて。 こんなパフォーマンスがありました。
8月26日。富士山の山閉じの日。5合目にて。 こんなパフォーマンスがありました。

 

それはーー富士講の歴史のシーンのある一場面で、劇団員全員が心をこめて歌ったものでした。

 

“拝む山” が ”登る山” となって、富士講が流行った江戸時代のこと。

人々は、世の中が幸せになるように願いをこめて、この独特な節回しの掛け声をかけながら、富士山に登ったのです。

 

その場面は真っ暗。

掛け声と鈴の音だけが、シーンとした広い体育館に響き渡りました。

お喋りをする子は誰もいませんでした。

 

その ”六根清浄” とはーー

修験道に通じる仏教用語で、人に備わった “六根” を清らかにすることです。

ちなみに “六根”、“六つの根っこ”  は、

視覚(眼)・聴覚(耳)・臭覚(鼻)・味覚(舌)・触覚(身)・意識(意識)のこと。

五感プラス第六感のことです。

 

 

昔の人は、人にとって大事な六つの根っこをきれいにしながら富士山に登ろうと、自らと仲間に言い聞かせるように、この掛け声を掛け合いながら気合を入れていったのでしょう。

 

また富士講の教本には、こんなことが書いてあるとも聞きました。

“六根”とは、人間の感情の “喜”  “怒”  “哀”  “楽” ”妬”  “怨”  のことであると。

つまり“六根清浄” の別の意味として、人として生きていくのに、感情というやっかいな諸々をきれいにしていこう!ということであるかと思われます。

 

体と心はリンクし合っています。体の器官をきれいにするのは、感情もきれいにするということかもしれません。

山閉じの翌日8月27日。山頂での御来光
山閉じの翌日8月27日。山頂での御来光

 

これって、悟りの世界?

・・・なんでしょうね。

そこまで富士山に登ることは、神聖なことだったのかも

しれません。

 

そして言葉には “言霊” というものがあります。

小学校の低学年の子が覚えてくれた「六根清浄」。

 

単に節回しが面白かっただけかもしれません。

暗闇の中で聴いた響きが印象的だっただけかもしれません。

 

それでも遊びながら口ずさんでしまうほどの何かが、

この掛け声の響きにあったのではないかと、

嬉しくなった出来事でした。

 

 

世界文化遺産になったばかりの富士山。

望むと望まないのに係らず、真新しい洋服を着せられたことで、いい意味でもあまり好ましくない意味でも、いろいろな課題をかぶせられて、本人は戸惑っているかもしれません? いや本人はただただデーンッとしているだけで、どこ吹く風でしょうか?

 

それはともかく・・・(笑)

 

この公演をさせていただいたことで、

“温故知新”

ーー古きを訪ねて新しきを知る。そんな言葉が今、じわ~っと染みています。

 

参加の皆さん、そして見てくれたみんな、本当にありがとう!

 

          

          ※富士山の写真は、今年の夏に撮ったものです。

          (私は夏の富士山の登山ガイドもしていますので)